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東京高等裁判所 平成11年(ネ)4829号 判決 2000年3月29日

控訴人(被告)

アメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニー

日本における代表者

戸國靖器

右訴訟代理人弁護士

大江忠

大山政之

被控訴人(原告)

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

二瓶和敏

山川豊

主文

原判決を次のとおり変更する。

一  控訴人は,被控訴人に対し,次の金員を支払え。

1  360万円及びこれに対する平成11年7月31日から支払済みまで年5分の割合による金員

2  25万円

3  2億2406万2174円及びこれに対する平成11年7月31日から支払済みまで年5分の割合による金員

4  1400万8661円

5  6341万6272円及びこれに対する平成11年7月31日から支払済みまで年5分の割合による金員

6  411万9166円

二  被控訴人のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は,第一,二審ともこれを2分し,その1を控訴人の負担とし,その余を被控訴人の負担とする。

四  主文第一項は,仮に執行することができる。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  原判決中の控訴人敗訴部分を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は,第一,二審とも被控訴人の負担とする。

第二事案の概要

一  事案の概要

1  本件は,生命保険業等を営む控訴人に2級コンサルタント社員として雇用されていた被控訴人が,控訴人から平成8年7月18日付をもって懲戒解雇をされたが,右懲戒解雇の理由とされた解雇事由が不存在であり右懲戒解雇は無効である,仮に,解雇事由が存在するとしても,右懲戒解雇は解雇権を濫用したものであり無効であるなどと主張して,控訴人に対し,左記のとおり,被控訴人が雇用契約上の地位を有することの確認等を求めた事案である。

(一) 被控訴人が雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認。

(二) 未払給与(固定給)合計360万円及びこれに対する平成11年7月31日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払。

(三) 平成11年7月31日から本判決確定に至るまで,毎月25日限り,10万円の給与(固定給)の支払。

(四) 未払報酬合計2億3227万2531円及びこれに対する平成11年7月31日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払。

(五) 平成11年7月31日から本判決確定に至るまで,毎月25日限り,556万7545円の報酬の支払。

(六) 未払賞与6341万6272円及びこれに対する平成11年7月31日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払。

(七) 平成11年7月31日から判決確定に至るまで,毎年6月9日限り685万8763円,毎年12月8日限り1235万7499円の賞与の各支払。

2  原判決が,被控訴人の請求のうち,右1(四)の未払報酬について,「控訴人は,被控訴人に対し,2億2847万5000円及びこれに対する平成11年7月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。」,右1(七)の各賞与について,「控訴人は,被控訴人に対し,平成11年7月31日から本判決確定に至るまで,毎年6月10日限り685万8763円,毎年12月11日限り1235万7499円をそれぞれ支払え。」との限度で一部認容したほかは,被控訴人の請求を全部認容したので,控訴人が控訴をした。なお,控訴人は,当審において,被控訴人に対し,平成11年10月14日付で,被控訴人が他の生命保険会社の保険の募集行為を行ったことなどを理由として懲戒解雇をした旨の主張を追加した。

二  前提となる事実(当事者間に争いのない事実は証拠を掲記しない。)

1  当事者

(一) 控訴人は,生命保険業及びその再保険事業等を目的とする株式会社である。

(二) 被控訴人は,平成元年10月1日,控訴人にコンサルタント社員として採用され,後記第1次懲戒解雇当時,控訴人の首都圏地区統括部港横浜エイジェンシー・オフィス(以下「港横浜オフィス」という。)に配属されて,生命保険契約募集業務に従事し,控訴人のコンサルタント社員給与・報酬規定(以下「本件給与・報酬規定」という。)上,2級コンサルタント社員の地位にあった。

2  賞罰規定

控訴人の賞罰規定(以下「本件賞罰規定」という。)中には,次の各規定がある(<証拠略>)。

第6条(懲戒の方法)

懲戒はその行為の重大性の程度に応じて次の方法にて行う。

(3) 降格 資格の降格,および役職の解任を行う。

(5) 懲戒解雇 予告をなし,または予告をせずに即時に解雇する。懲戒解雇の場合,退職金を支給しない。

第7条(懲戒の基準)

(三) 降格

次の各号の一に該当する場合には,降格の処分をする。但し,情状により減給または譴責に止めることがある。

(12) 成績を他人に譲り,または他人から譲り受ける等により,不正な計上を図った場合。

(五) 懲戒解雇

次の各号の一に該当する場合には,予告期間を設けないで懲戒解雇の処分をする。但し,情状により降格,減給または譴責に止めることがある。

(5) 会社が禁止したにもかかわらず,他の業務に従事した場合。

(7) 職務上の地位を利用して,会社の内外を問わず,みだりに金銭,物品その他の諸利益を受けまたはこれを供与し,もしくは不正な貸借をした場合。

(11) 故意または重大な過失によって,契約者または会社に著しい損害をこうむらせた場合。

(19) 本(ママ)件募集取締法規に違反して,契約者又は会社に迷惑を及ぼした場合。

第15条(出勤停止)

懲戒に該当すると認められる者および本人が出勤するのが適当でないと会社が認めた場合は,就業を禁止し自宅待機を命ずることがある。

3  自宅待機命令

控訴人は,平成8年1月23日,被控訴人に対し,同月24日から出勤の許可があるまでの間,自宅待機するよう命じた。右自宅待機命令は,次の4の懲戒解雇事由の存否を判断するため命じられたものと解される。

4  第1次懲戒解雇

控訴人は,被控訴人には,控訴人の本件賞罰規定7条5項7号及び同項11号に該当する事由があるとして,被控訴人に対し,平成8年7月18日付けで,懲戒解雇の意思表示をした(以下「第1次懲戒解雇」という。)。

5  賃金

(一) 給与(固定給)・報酬に関する取決め

被控訴人は,2級コンサルタント社員であり,給与・報酬について,本件給与・報酬規定(<証拠略>)の適用を受けるところ,同規定によれば,被控訴人には,給与(固定給。以下「固定給」という。)として一律月額10万円が支給されるほか,出来高払の報酬として,<1>初期補給,<2>キャリア手当,<3>成績手当,<4>継続率手当,<5>継続手当,<6>長期在籍優績者手当,<7>一時払手当,<8>教育資格手当の各手当が支給される。さらに,前々年度募集手数料の支払額が3000万円を超えた場合,消費税が別途支給される。

固定給・報酬は,前月24日締め当月25日に支給される。

(二) 賞与に関する取決め

賞与については,コンサルタント社員賞与規定(<証拠略>。以下「賞与規定」という。)があり,賞与規定を受けた通達(<証拠略>)により,賞与の支給額は,計算期間中の有効換算成績合計額に支給率を乗じた金額と定められている。そして,計算期間については,夏期賞与が毎年11月から4月まで,年末賞与が毎年5月から10月までと定められている。

(三) 平成7年の支給額

(1) 控訴人は,前記(一)の取決めに基づき,被控訴人に対し,<1>固定給については毎月10万円,<2>報酬については,平成7年1月分200万4814円,同年2月分721万9838円,同年3月分205万9684円,同年4月分758万3802円,同年5月分572万0814円,同年6月分316万5335円,同年7月分150万7343円,同年8月分197万5176円,同年9月分2459万8738円,同年10月分433万0813円,同年11月分255万8498円,同年12月分408万5691円を支給しており,報酬の平均月額は,556万7545円(1円未満切り捨て。)であった(<証拠略>)。

(2) 控訴人は,前記(二)の取決めに基づき,被控訴人に対し,平成7年夏期賞与として685万8763円,平成7年年末賞与として1235万7499円をそれぞれ支給した。

(四) 自宅待機命令後の支給額

(1) 被控訴人に対しては,自宅待機命令後も,月額10万円の固定給は従前どおり支給されていたが,出来高に応じて支払われる報酬については,平成8年1月分177万0014円,同年2月分115万4719円,同年3月分111万0717円,同年4月分183万1706円,同年5月分56万3108円,同年6月分70万1640円しか支給されず,また賞与についても平成8年夏期賞与は109万1277円にとどまった(<証拠略>)。

(2) 第1次懲戒解雇後は,固定給,報酬,賞与のいずれも全く支給されていない。

6  第2次懲戒解雇(当審における予備的主張)

控訴人は,平成11年10月15日到達の内容証明郵便をもって,被控訴人に対し,第1次懲戒解雇後に,<1>被控訴人が,M工業株式会社(以下「M工業」という。)を保険契約者とする本件契約を募集した際,控訴人のほか,S生命保険株式会社(以下「S生命」という。),N生命保険株式会社N.V.(略称Nライフ。現商号I生命保険株式会社。以下「Nライフ」という。)の保険募集行為を行っていたこと,<2>被控訴人が,平成6年12月22日付で,Aに対し,被控訴人が控訴人から受け取った募集手数料のうち1824万1779円を紹介手数料の名目で支払ったことが判明したとして,右<1>の行為が,本件賞罰規定7条5項5号(会社が禁止したにもかかわらず,他の業務に従事した場合),同項19号(保険募集取締法規に違反して,契約者または会社に迷惑を及ぼした場合)に,右<2>の行為が,本件賞罰規定7条5項7号(職務上の地位を利用して,会社の内外を問わず,みだりに金銭,物品その他諸利益を受けまたはこれを供与し,もしくは不正な貸借をした場合)に,それぞれ該当する旨主張し,懲戒解雇の意思表示をした(<証拠略>。以下「第2次懲戒解雇」という。)。

三  主たる争点及び争点に対する双方の主張

1  懲戒解雇事由の存否<略>

2  解雇権濫用の有無<略>

3  被控訴人の受け得る賃金<略>

第三当裁判所の判断

一  争点1(懲戒解雇事由の存否)について

1  前記前提となる事実,証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる(なお,必要に応じて,各認定事実中に改めて証拠を挙示した。)。

(一) 被控訴人の入社・配属等について

(1) 被控訴人は,平成元年10月1日,控訴人に,コンサルタント社員(生命保険契約の募集にあたる直販社員)として採用され,首都圏地区統括部横浜東エイジェンシー・オフィス(以下「横浜東オフィス」という。)に配属された。これに先立つ同年1月には,Aが採用されて横浜東オフィスに配属されており,被控訴人入社後の平成3年8月1日にBが,同年10月1日にCが,平成4年7月1日にDがそれぞれ控訴人にコンサルタント社員として採用され,やはり横浜東オフィスに配属された。当時,同オフィスのエイジェンシーマネージャー(営業所長に相当)は,E(以下「E」という。)であり,ユニットマネージャー(後にアシスタントセールスマネージャーと改称。副所長に相当)としてF(以下「F」という。)も在籍していた。

被控訴人やBらは,当初Fのユニットに所属していたが,平成4年6月にAがユニットマネージャーになると,Aのユニットの所属となった。被控訴人は,Aのユニットにおいて,いわばAの右腕的存在であった。

(2) 平成6年6月1日,Aが港横浜オフィスのエイジェンシーマネージャーとして独立したのに伴い,被控訴人,B,C及びDも,同オフィスに配転になった。

(二) 「税理士市場ビジネス」について

(1) 被控訴人は,入社以来,「税理士市場ビジネス」と呼ばれる分野の募集活動に携わってきた。「税理士市場ビジネス」は,税理士に協力を依頼して,顧問となっている法人を紹介してもらい,その法人との間で保険契約を成立させる形態の募集活動分野であり,控訴人と税理士の団体が,団体取扱協(ママ)約を締結し,エイジェンシー・オフィスが,組織的に当該団体の所属員に対する募集活動を行う「税理士ビジネス」とは異なるものである。

「税理士市場ビジネス」においては,節税対策ということが保険加入の主たる動機となることが多く,顧問税理士が,利益の出ている顧問先の法人に節税対策として保険に加入することを勧めた場合,成約率が非常に高くなるという特徴があり,保険契約を獲得するには極めて効率の良い方法である。そのため,被控訴人は,税理士事務所を頻繁に訪問するなどして税理士に保険加入の効用を説明し,税理士を納得させた上,税理士と業務提携し,税理士の顧問先の企業を紹介してもらうと共に,保険加入を勧めてもらい,保険契約が締結されたときには税理士に一定額の報酬を支払っていた。

しかし,「税理士市場ビジネス」は,実質上,募取法に定める資格を有しない税理士が顧問先の法人に働きかけて保険契約を締結させる決定的な動機付けをすることになるのみならず,業務提携による報酬の支払を受けることが保険契約締結を勧める動機になり,その結果顧問先の法人の利益を害しかねない危うさを有するものである。

(2) 被控訴人は,B,C及びDとチームを組み,主として被控訴人が税理士の協力を取り付ける役割(市場の開拓)を行い,他の者が税理士から紹介された法人(見込客)に対する保険の説明(ただし,税理士が勧めているため,詳しい説明を必要としない場合が少なくない。),被保険者との面談,加入に必要な診査の手配,保険契約申込書の受領,第1回保険料充当金の受領等の手続を行う役割を担った。なお,BやDが見込客に対する募集行為を行う際には,Aが同行することが多かった。

(3) Cは,平成4年5月20日付けで,Aに対し,「税理士(ママ)ビジネスに関しては,事情の如何によらず,すべて共同募集とする。特例は認めない。……上記の項目に反した場合,プロジェクトチームを外れると共に,今迄開拓した税理士等すべての物件をプロジェクトチームに残すことに対して,一切の意義申し立てを致しません。」と記載した誓約書(<証拠略>)を提出した。B,Dも,同様の誓約書を提出している(<証拠略>)。このような方法で,Aは,被控訴人,B,C,Dらとの間で,「税理士市場ビジネス」により保険契約が成立した場合には,控訴人に対し,契約を成立させた者と税理士を開拓した者との共同募集として報告することを合意した。

(4) 被控訴人は,本件給与・報酬規定上においては3人以上で共同募集をすることが認められていなかったことから(<証拠略>),Aが加わって3人以上で共同募集をした場合に,控訴人から被控訴人に支払われた報酬の一部をAに分配金として支払っていた。このようにして被控訴人がAに支払った金員は,平成6年度に限っても1824万1779円(<証拠略>)となる。

(三) Bと被控訴人との共同募集と報告された保険契約について<略>

(四) Dと被控訴人との共同募集と報告された保険契約について<略>

(五) 報告書について<略>

(六) ドクタービジネス等について<略>

(七) 団体契約について<略>

(八) 共同募集に関する規定等について<略>

(九) Cと被控訴人との共同募集と報告された保険契約について<略>

(一〇) 他の保険会社の募集行為について<略>

(一一) Aへの金員の支払について<略>

2  懲戒解雇事由<1>について

(一) 報告者について

控訴人の定型書式では,保険契約申込書の裏面が取扱者の報告書となっており,末尾に取扱者が必要事項を記載して署名押印するようになっていること,前記1(三)(1)の各保険契約については,Bが取扱者の報告書を作成し,保険契約申込書下部の募集者氏名コード欄に自己のゴム印を,共同募集者氏名コード欄に被控訴人のゴム印をそれぞれ押捺し,同様に,前記1(四)の各保険契約については,Dが取扱者の報告書を作成し,保険契約申込書下部の募集者氏名コード欄に自己のゴム印を,共同募集者氏名コード欄に被控訴人のゴム印をそれぞれ押捺したことは,前記1(五)(1)及び同(2)のとおりである。そうすると,右の各保険契約について控訴人に報告したのは,直接的には,B又はDであったと認められる。

しかし,被控訴人がB及びDと,「税理士市場ビジネス」により保険契約が成立した場合には,控訴人に対し,契約を成立させた者と被控訴人との共同募集として報告することを合意していたことは,前記1(二)(3)のとおりであるから,Bらの報告行為は,被控訴人との合意に基づくものであるということができる。

(二) 共同募集該当性

(1) 控訴人は,前記1(三)(1)及び同(四)の各保険契約が成立し,控訴人に対する報告が行われた当時施行されていた募取法(その後保険業法の制定に伴い廃止された。)及び保険業法で,「この法律において『募集』とは,保険契約の締結の代理または媒介を行うことをいう。」と定義していることを出発点とし,被控訴人の行為は,「媒介」の定義に照らして「募集」に該当しない,保険契約の場合,「募集」に該当するのは,契約者に対する保険の説明から,被保険者との面談,加入に必要な診査の手配,保険契約申込書の受領,第1回保険料充当金の受領等,保険契約成立に至るまでに必要な一連の手続を行うことであるが,被控訴人はこれらを行っていないから共同募集に該当しないと主張する。

(2) しかし,募取法及び保険業法は,「・・募集を取り締り,もって保険契約者の利益を保護」すること(募取法1条),あるいは「・・保険募集の公正を確保することにより,保険契約者等の保護を図」ること(保険業法1条)を目的とする法律であり,その目的を達成するために設けた諸規定の適用範囲等を明確にするために定義規定を設けているに過ぎないのであって,生命保険募集人が,契約者に対する保険の説明,被保険者との面談,加入に必要な診査の手配,保険契約申込書の受領,第1回保険料充当金の受領等の一連の手続を経て,保険契約成立に至らせた場合に,保険会社等が誰に対して報酬を支払うべきかの問題は,これらの法律が規定するところではないというべきである。

(3) そうすると,前記1(三)(1)及び同(四)の各保険契約を共同募集として報告することが本件賞罰規定7条5項11号に該当するか否かは,控訴人の取扱いの下で共同募集と報告することが許されていない場合であったか,許されない場合であったとして,許されないことを被控訴人が知り又は容易に知り得たか(故意又は重大な過失があったか)という観点から検討されるべきである。

右観点から検討すると,控訴人は平成8年6月に作成した文書(<証拠略>)において共同募集を定義づけ,「一方が募集行為を行わなかったにもかかわらず,手数料を分け合うこと(共同取扱い)」は許さない旨通知したが,右規定も,賃金との関係で「募集」行為がどこまでの範囲を指すのかを具体的に明示するものではなく,「税理士市場ビジネス」における税理士の開拓行為が「共同募集」に当たらないことを例を挙げて説明するなどの措置は採られなかった。そして,それ以前には共同募集についての明確な定めがなかったことは,前記1(八)のとおりであり,また,本件で問題とされている保険契約の多くが横浜東オフィス在籍中の平成6年5月以前に成立したものであるが,当時,申込書等を点検すべき立場にあったEにおいて共同募集とすることには問題がある旨指摘した事実が認められないこと,控訴人が主張する初級課程テキスト(<証拠略>)の中にも共同募集の定義は記載されておらず,かえって,できるだけ信用のおける協力者を活用することが強調されていたこと,当時,「税理士市場ビジネス」と同様に,控訴人において,ドクタービジネスやバンクビジネスと呼ばれる分野でも,数人でチームを組んで,市場を開拓する役割と,紹介された見込客との間に生命保険契約を成立させる役割を分担し,控訴人に共同募集と報告することが行われていたこと,団体契約の場合に,個別の保険契約が成立すると,当該団体を開拓した控訴人社員は,個別の保険契約の募集活動に関与していなくても,共同募集者として扱うことを認めていることは,前記1(五)ないし(七)のとおりであって,これらの事実からすると,少なくとも平成8年6月以前には,どのような場合を共同募集として取り扱うのかの基準が不明確であり,したがって,前記1(三)(1)及び同(四)の各保険契約を共同募集として報告することが許されていなかったとまでは認められず,まして,許されないことを被控訴人が知り又は容易に知り得たとはいえないというべきである。

控訴人は,被控訴人が,所定の研修を受け,生命保険初級課程試験に合格したものであるから,「募集」「共同募集」の意味を知悉しており,「税理士市場ビジネス」における税理士の開拓が「共同募集」行為に当たらないことを知っていた旨主張するが,右のとおり,初級課程テキスト(<証拠略>)の中にも共同募集の定義は記載されておらず,かえって,できるだけ信用のおける協力者を活用することが強調されていたことなどに加えて,平成8年6月以前には,どのような場合を共同募集として取り扱うのかの基準が不明確であった事実にかんがみれば,被控訴人が,賃金との関係で,「共同募集」行為がどの範囲の行為を意味するかを知っていたとは認め難い。

(三) 著しい損害について

前記1(三)(1)のうち<24>の各保険契約については被控訴人が関与したとは認められないことは同(2)のとおりであるが,これを共同募集と報告することが許されないとしても,これだけでは控訴人の損害は大きいといえず,控訴人に「著しい損害をこうむらせた」ということはできない。

また,(証拠略)は,前記一(三)(1)及び同(四)の各保険契約をB又はDの単独募集とした場合の報酬との比較で,控訴人の損害を計算しているが,これらの募集行為の際にはAが同行しており,控訴人の主張を前提としても,本来Aとの共同募集とすべき保険契約もあったと考えられるから(前記1(二)(2),<証拠略>),(証拠略)により控訴人がこうむった損害を認定することはできない。そして,他に控訴人の損害を認めるに足りる証拠はないから,損害計算の正確性の観点からも,控訴人に「著しい損害をこうむらせた」と認めることはできない。

(四) よって,被控訴人に本件賞罰規定7条5項11号に該当する事由があったと認めることはできない。

3  懲戒解雇事由<2>について

被控訴人は,原審における本人尋問において,F商事における募集の実態は被控訴人の単独募集であったが,付績のためCを同行させ,G及びHを被保険者とする2件について共同募集とした,最初個人的な貸借の話を認めたのは,Cと口裏を合わせるためであったと陳述するところ,前記1(九)(2),(3)のとおり,右各保険契約に関する生命保険契約申込書裏面の取扱者の報告書に,いずれも被控訴人が取扱者として署名押印しており,G及びHを被保険者とする生命保険契約申込書についても,取扱者の報告書の取扱者欄にCの署名押印はないこと,F商事を紹介したのはI税理士であるところ,同税理士を開拓したのは被控訴人であり,F商事を紹介されたのも被控訴人であることを考慮すると,右各保険契約について募集行為をしたのは被控訴人であり,Cは,共同募集をしたことにして成績をあげるため関与したにすぎないというべきである。

ところで,Cは,控訴人から事情聴取を受けた際,本来全部を共同募集とすべきところであるが,被控訴人との間に個人的な貸借があったので,Jを被保険者とするものについて,被控訴人の単独募集とした旨陳述したが(<証拠略>),その後,成績が不良であったため共同募集にさせてもらったもので,実態は被控訴人の単独募集であった,それでは付績契約になり懲戒解雇になると控訴人から言われたので,個人的な貸借があったと虚偽の陳述をした旨の陳述書(<証拠略>)を作成した。ところで,前記のとおり,右各保険契約に関する生命保険契約申込書裏面の取扱者の報告書に,いずれも被控訴人が取扱者として署名押印していることにかんがみれば,Cの本来全部が共同募集であった旨の供述についてはにわかに信用し難いものである。また,被控訴人も,控訴人から事情聴取を受けた際には,Cの成績を良くするため(付績)と,個人的な貸借との両方があって,Cとの共同募集であるかのような報告をしたと陳述したが(<証拠略>),これは,Cの陳述ないし供述に口裏を合わせたというべきであり,被控訴人が右のような報告をしたことをもって,被控訴人の原審における本人尋問中の供述の信用性を否定することはできないというべきである。

以上の次第で,被控訴人に本件賞罰規定7条5項7号に該当する事由があったと認めることはできない。

4  その他の第1次懲戒事由を根拠付ける事由

控訴人は,その他の第1次懲戒事由を根拠付ける事由として,第2次懲戒事由として掲げられている事由等を列挙し,これらは,第1次懲戒解雇の際には,控訴人において認識していなかったが,第1次懲戒解雇と極めて密接な関連性があり,社会的事実としては一体のものであるから,事実上第1次懲戒解雇の意思表示に内包されているということができ,第1次懲戒解雇の有効性を根拠付けるものであり,仮に,そうでないとしても,第1次懲戒解雇の有効性を判断するに当たって情状として十分考慮されるべきである旨主張する。しかし,控訴人の指摘する右各事由は,被控訴人が,他の生命保険会社の募集行為をした,又は,Aにみだりに金員を交付した等というものであり,共同募集をしていないのに共同募集をした旨の虚偽の報告をしたことを理由とする第1次懲戒解雇事由とは別個のものといわざるをえず,社会的事実としても一体であるとは認められないから,これらの事由を第1次懲戒解雇の有効性を根拠付ける事由であるということはできないし,第1次懲戒解雇の有効性を判断するに当たって情状として考慮すべき事由であるとも解されない。これらの事由は,解雇権濫用の判断に当たり,評価障害事実として考慮すれば足りるというべきである。

5  第2次懲戒解雇(当審における予備的主張)

(一) 攻撃防禦方法の遅滞について

被控訴人は,第2次懲戒解雇の主張が時機に後れて提出されたものである旨主張する。確かに,第2次懲戒解雇の主張がされたのは当審第1回口頭弁論期日であるが,第2次懲戒解雇がされたのは,原判決後の平成11年10月15日であり,原審において右主張を提出することは不可能であった上,第2次懲戒解雇事由に関する背景事情については原審においてもある程度審理されているため,当審においても,人証の取調べをすることなく書証の取調べにより終結していることにかんがみると,右主張の提出が時機に後れているとも訴訟の完結を遅延させるとも認められないから,被控訴人の右主張は採用することができない。

(二) 被控訴人が他の生命保険会社の募集行為をしたとの点について

前記一(一〇)のとおり,被控訴人は,平成6年12月29日,K税理士の紹介により,M工業を保険契約者とする保険契約を募集した際,控訴人において締結できる保険契約の額がM工業の希望する保険金額よりも少なかったため,控訴人のほか,S生命,Nライフを紹介して保険契約を締結させたが,その際,被控訴人自ら両者についての保険募集行為を行ったと認められる。

ところで,被控訴人を初めとして右保険契約に関与した関係者等は一様に被控訴人がS生命及びNライフについての保険募集行為を行ったことを否定している(甲46〔被控訴人の陳述書〕,50〔K税理士の陳述書〕,51〔Lの陳述書〕,52〔Mの陳述書〕,53の1〔Nの陳述書〕,54〔Oの陳述書〕,55〔Pの陳述書〕)。しかし,被控訴人は,「(控訴人において締結できる保険契約の額がM工業の希望する保険金額よりも少なかったため,)K先生と相談し,一般検診でA社に加入できる限度額を超える保険金額については,他の生命保険会社を利用することになりました。私が以前から知っているS生命のNさんとN生命の代理店をしているOさんをK先生に紹介しました。」と陳述し,また,Aも被控訴人からK税理士を紹介して貰った旨陳述しているところ,K税理士は,「(M工業の)社長は,保険加入する事を決められたので,以前より付き合いのある,S生命,N生命にも相談しました。」と,Nは,「私は,平成元年5月1日に,S生命に入社し,税理士先生と業務提携をして,顧問先法人に紹介をしてもらい,契約を成立させる,募集活動を一つのマーケットとして,とってきました。その結果,多くの税理士先生と知り合う事となりました。M工業(株)を紹介していただいた,K先生もその1人です。」とそれぞれ陳述しており,被控訴人及びOとK税理士及びNとの陳述は,M工業の関係で,被控訴人がS生命,NライフをK税理士に紹介したか否かという根幹的な部分で相違しており,その信用性に疑問が残る。また,Lは,M工業の専務取締役であるが,当初,控訴人から事情を聞かれて,

「1 当社を訪問した御社営業担当者は,Q社員とC社員です。

2 御社生命保険説明をQ社員から受けた際N社(N生命保険会社とS社(S生命保険会社)の保険説明を同時に受けました。又,その際に3社(A社,N社,S社)の生命保険を勧誘されました。

3 当社は,Q社員の勧誘で,3社(A社,N社,S社)の生命保険契約の申込を行いました。

中略

4 3社(A社,N社,S社)生命保険契約の申込書類並びに保険料支払など一切の手続を,Q社員が行いました。尚,補助としてC社員が手伝いました。

5 当該3社(A社,N社,S社)生命保険の申込までの間,Q社員とC社員以外は誰も当社を訪問していません。」

と記載された確認書(<証拠略>)にM工業の社判と代表取締役印を押印したが,その後,右確認書は,A社の担当者が,押すまで帰りそうもなかったため仕方なしに押したものであり,ずいぶん前のことなので忘れていたこともあるとして,確認書の内容を訂正し,S生命及びNライフの担当者もM工業に来ていた旨陳述を変更するに至った。しかし,右確認書は,控訴人の担当者において,原案を作っていったものを数か所にわたって訂正して作成しており,内容も,被控訴人以外にCが訪問していたなど具体的であり,「ずいぶん前のことなので忘れていた」という弁解は信用し難いというべきである。被控訴人がM工業の保険契約に関して,第2次懲戒解雇をされていることからすれば,右保険契約に関与したものが,被控訴人を庇う意図で陳述書を作成することも考えられるところであり,前記関係者の陳述の信用性は慎重に判断されるべきところ,前記のように,関係人間の陳述に根幹的な部分で矛眉があり,また,供述が変遷している者があることなどからして,右各陳述はたやすく信用できないことに加えて,控訴人,S生命及びNライフのいずれもが,控訴人において委託している医師によって診査をし,契約締結日も同一であることを考慮すると,Lが控訴人担当者に確認したとおり,被控訴人が,M工業との保険契約に関し,S生命及びNライフの募集手続をも行ったと認められる。

そして,被控訴人の右行為は,必然的に控訴人の顧客情報を流出させることになるなど,控訴人に対し,不利益を与える行為であるというべきである。

以上の次第で,被控訴人の右行為は,当時の募取法10条2項(現在の保険業法282条2項)に違反し,本件賞罰規定7条5項5号(会社が禁止したにもかかわらず,他の業務に従事した場合)及び同項19号(保険募集取締法規に違反して,契約者または会社に迷惑を及ぼした場合)に該当すると認められる。

(三) 被控訴人がAに金員を交付したとの点について

前記一(二)のとおり,被控訴人は,平成6年12月22日付で,Aに対し,同年度分の手数料として1824万1779円を支払った。これは,Aが実際にB,Dらに同行して募集行為を行ったが,本件給与・報酬規定上,3人以上の共同募集が認められていないため共同募集人として報酬を取得できないAに対し,被控訴人が,控訴人から受け取った募集手数料の一部を支払ったものである。

被控訴人の右行為は,形式的には,本件賞罰規定7条5項7号(職務上の地位を利用して,会社の内外を問わず,みだりに金銭,物品その他諸利益を受けまたはこれを供与し,もしくは不正な貸借をした場合)に該当するが,右のように,本件給与・報酬規定上,3人以上の者が共同募集できないことになっているため,便宜的な措置として被控訴人が控訴人から受け取った募集手数料の一部をAに支払ったものであり,控訴人に損害を被らせるものではないと認められるから,本件賞罰規定7条5項7号で規定する「みだりに」金銭等を供与したことには該当しないというべきである。

二  争点2(解雇権濫用の有無)について

前記1(二)(1)のとおり,「税理士市場ビジネス」は,実質上,募取法に定める資格を有しない税理士が顧問先の法人に働きかけて保険契約を締結させる決定的な動機付けをすることになるのみならず,業務提携による報酬の支払を受けることが保険契約締結を勧める動機になり,その結果顧問先の法人の利益が(ママ)害しかねない危うさを有するものであるところ,被控訴人は,同一1(一〇)のとおり,私的に税理士と締結した業務提携契約に基づき,税理士に紹介された法人との間で保険契約を締結していたこと,そして,被控訴人は,税理士の紹介により保険契約が締結された場合には,税理士に多額の手数料を支払っていたこと,右のような形で紹介したT生命,S生命,P生命が法人との間で保険契約を締結した際,右各社の名義で税理士に手数料を支払ったこともあったこと,また,B,Dは,Nライフに対して法人を紹介したことにより,Oから,紹介料名目で金員を受領したことがあったこと,さらに,被控訴人は,T生命に関しては,被控訴人の妻が代理店をしていたこともあり,実質上,妻に代わって募集行為に関与することがあったこと,以上のような背景事情の下で,第2次懲戒解雇事由とされた被控訴人によるS生命及びNライフの保険募集行為がされたものであり,右行為は,必ずしも偶発的なものであると評価することはできない。そして,右事実によれば,本件にあらわれた他の一切の事情を考慮しても,第2次懲戒解雇が解雇権の濫用に当たるとは認められない。

三  控訴人が被控訴人に支払うべき賃金等について

1  第1次懲戒解雇事由の存在が認められない以上,これを理由としてされた自宅待機命令も違法であったといわざるを得ないから,被控訴人は,平成8年1月24日から第2次懲戒解雇により解雇された平成11年10月15日まで,控訴人の責に帰すべき事由によって労務の提供をできなかったこととなり,民法536条2項本文により反対給付である賃金請求権を失わないというべきである。

2  固定給について

(一) 被控訴人の固定給は月額10万円であったから(前記第二の一5(一)),平成8年7月分から平成11年7月分までの固定給は360万円を下らない(なお,同期間の月数は37であり,計算上は370万円となるが,被控訴人の請求額は360万円である。)。被控訴人は,控訴人に対し,右360万円及びこれに対する原審の口頭弁論終結の日の翌日である平成11年7月31日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める権利を有する。

(二) 被控訴人は,原審の口頭弁論終結後の平成11年7月31日から同年10月15日まで1か月10万円の割合(ただし,1日につき5000円の割合による日割計算にして労働可能日数を乗じたもの)による固定給合計25万円(同年7月31日,同年10月2日,同月9日はいずれも土曜日,同月3日,10日は日曜日,同月11日は振替休日であるから,同年7月の稼働日数は零日,同年10月の稼働日数は10日となり,同年7月分の固定給は零円,同年8月,9月分は各10万円,同年10月分は5万円の合計25万円となる。)を請求することができる。

3  報酬について

(一) 報酬は出来高払であり,被控訴人の平成7年の平均報酬月額は556万7545円であったから(前記第二の一5(一)及び同(三)(1)),他の事情の主張立証がない以上,被控訴人は,控訴人による平成8年1月24日以降の労務受領拒否がなければ,平成8年も同額の報酬の支払を受けることができたと推認するのが相当である。

控訴人は,平成8年6月5日付で「蔵銀通達等による保険募集関係の主な留意事項について」という通達(<証拠略>)を出し,共同募集と共同取扱を区別し,「税理士市場ビジネス」のような方式による取扱を共同募集に含めないことを明確にしたので,同日以後,「税理士市場ビジネス」の方式による取扱は,共同募集とならないことが明確になったから,「税理士市場ビジネス」の方式が共同募集に該当することを前提として算定した報酬及び賞与の額は基準にならないというべきであると主張する。しかし,本件で問題となっている「税理士市場ビジネス」は,主として被控訴人が開拓した税理士の紹介によりその顧問先の法人から契約を取るというものであるから,共同募集の扱いが変わっても,税理士を開拓している被控訴人としては,自らが「募集」業務を行い,従前と同様に契約を締結することができると推認され,したがって,被控訴人の契約高が減少するとの前提に立った控訴人の右主張は採用することができない。また,控訴人は,被控訴人の獲得した保険契約者の契約継続率が低いので,報酬の算定に当たってこれを考慮すべきであると主張する。しかし,報酬の算定の基準となった平成7年度の平均報酬は,前年度の継続率が基礎となって算出されているものであるから,継続率が低いことを理由として平均報酬の額を減少させることはできない(平成8年度以後,継続率が著しく低下したとすれば,それは,被控訴人が自宅待機ないし懲戒解雇されたことにより保険契約者に対するアフターケアーができなくなったことによると推認されるから,これを被控訴人に不利に考慮することはできないものである。)。

なお,被控訴人は,平成8年1月分及び2月分についても,既払金との差額を請求しているが,報酬の締切日は前月24日であり(前記第二の二5(一)),平成8年1月分の締切日は平成7年12月24日であるから,平成8年1月分の報酬が少ないことと,控訴人による平成8年1月24日以降の労務受領拒否との間には因果関係がないというべきであり,さらに,同年2月分についても,控訴人による労務受領拒否の開始から締切日までは1日しかないので,労務受領拒否と報酬の減少との間の因果関係があるとは認められない。

そうすると,被控訴人は,控訴人に対し,平成8年3月分から平成11年7月分までの報酬2億2826万9345円(556万7545円×41か月)より平成8年3月分から同年6月分までの既払額合計420万7171円(前記第二の二5(四)(1))を控除した2億2406万2174円及びこれに対する原審の口頭弁論終結の日の翌日である平成11年7月31日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める権利を有することになる。

(二) また,被控訴人は,平成11年7月31日から同年10月15日まで1か月556万7545円の割合による報酬合計1400万8661円(同年7月分につき1日÷31日分で17万9598円,同年8月分及び同年9月分の2か月分で1113万5090円,同年10月分につき15日÷31日分で269万3973円の合計1400万8661円)を請求することができる。

4  賞与について

(一) 賞与の支給額が計算期間中の有効換算成績合計額に支給率を乗じた金額と定められていること,計算期間については,夏期賞与が毎年11月から4月まで,年末賞与が毎年5月から10月までと定められていること,及び被控訴人の平成7年夏期賞与が685万8763円,同年年末賞与が1235万7499円であったことは,前記第二の二5(二)及び同(三)(2)のとおりであるから,他の事情の主張立証がない以上,被控訴人は,控訴人による平成8年1月24日以降の労務受領拒否がなければ,平成8年も同額の賞与の支払を受けることができたと推認するのが相当である。

なお,被控訴人は,夏期賞与の支給日は6月9日,年末賞与の支給日は12月8日であると主張するが,賞与規定(<証拠略>)6条によれば,夏期賞与の支給日は6月10日,年末賞与の支給日は12月11日であると認められる(なお,支給日が休日の場合は直前の勤務日となる。)。

そうすると,被控訴人は,控訴人に対し,平成8年夏期賞与として,685万8763円から既払額109万1277円を控除した576万7486円,平成9年ないし平成11年の夏期賞与として各685万8763円,平成8年から10年の年末賞与として各1235万7499円,以上合計6341万6272円及びこれに対する原審の口頭弁論終結の日の翌日である平成11年7月31日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める権利を有することになる。

(二) また,被控訴人は,平成11年7月31日から同年10月15日まで411万9166円(計算期間中の有効換算成績合計額が不明であるから,該当する月数〔2か月〕により月割り計算で年末賞与を計算すると1235万7499円×2か月÷6か月=411万9166円となる。)の年末賞与を請求することができる。

四  結論

以上の次第で,被控訴人の請求は,控訴人に対し,

1  未払給与(固定給)合計360万円及びこれに対する平成11年7月31日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払

2  平成11年7月31日から同年10月15日までの給与(固定給)合計25万円の支払

3  未払報酬合計2億2406万2174円及びこれに対する平成11年7月31日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払

4  平成11年7月31日から同年10月15日まで1400万8661円の未払報酬の支払

5  未払賞与6341万6272円及びこれに対する平成11年7月31日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払

6  平成11年7月31日から同年10月15日まで411万9166円の未払賞与の支払

を求める限度で理由があり,その余は理由がない。

よって,右と結論を一部異にする原判決は一部不当であるから,原判決を右のとおり変更することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法67条2項,61条,64条を,仮執行の宣言について同法259条をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩崎勤 裁判官 小林正 裁判官 萩原秀紀)

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